大阪地方裁判所 平成5年(行ク)24号 決定 1993年12月20日
申立人
伏見タクシー株式会社
右代表者代表取締役
宮田吉三
申立人
明星自動車株式会社
右代表者代表取締役
橋本等
申立人
関西タクシー株式会社
右代表者代表取締役
仁ノ岡猛
申立人
比叡山観光タクシー株式会社
右代表者代表取締役
安居早苗
右四名訴訟代理人弁護士
前堀克彦
前堀政幸
被申立人
近畿運輸局長
楠木行雄
右指定代理人
中村好春
外八名
主文
一 本件申立てを却下する。
二 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
一本件は、申立人らが被申立人に対して、被申立人のエムケイ株式会社(以下「エムケイ」という。)に対する平成五年一一月一八日付け一般旅客自動車運送事業の運賃及び料金の変更の認可処分(以下「本件認可決定」という。)が違法であるとして、その取消しを求めて訴訟を提起し(本案)、これに付随して本件認可決定の執行停止を求めた事案である。
申立人らの本件申立ての趣旨及び理由は、別紙「行政処分執行停止申立書」等に記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙「意見書」等に記載のとおりである。
二判断
1 本件において、申立人らが、行政事件訴訟法二五条二項の「回復の困難な損害」に当たるものとして主張している要点は、①本件認可決定に基づきエムケイが運賃の値下げを実施すれば交通秩序に混乱を生じさせ、ひいては申立人らが不測の損害を被ること、②エムケイに申立人らの固定客等を奪われることの二点である。
しかしながら、行政事件訴訟法二五条二項の「回復の困難な損害」とは、行政処分を受けることによって被る損害が金銭賠償不能のもの、又は金銭賠償が可能であっても、社会通念上これにより原状回復が容易でなく、これを受忍させることが相当でないと認められるものをいうと解されるところ、①については、一件記録によれば、既に平成三年三月以降二重運賃制度(格差一〇パーセントないし約一三パーセント)で運用されてきた大阪周辺地区においても、そのような事態は生じていないのであって、申立人らの右主張は一つの危惧にすぎず、少なくとも原告ら、エムケイと利害が対立している(と自ら考えている)競業者らが故意にエムケイの認可運賃実施によるタクシーの運行等について妨害行為に出ない限り、交通秩序が混乱して収拾がつかなくなるとか、利用者がタクシーを利用するのに支障を来すような事態が生じるおそれがあると認めることはできない。確かに、一件記録によれば、本件認可決定に基づく新運賃施行当初の段階でこそ、タクシー乗場等で申立人らとエムケイの従業員との間で多少のトラブルが発生したこともあったようであるが、被申立人も、本件認可決定をするに当たっては、関係機関とも協議する等の措置を講じ、また、被申立人自身、対策本部を設置して、タクシーの運転手同士、利用者と運転手の対立紛争の発生を防止する対策を採っているのであり、その後は一般的には目立った紛争もなく、ほぼ平穏に推移している状態にあるものと認められる。申立人らは、その後も紛争は続発していると主張し、<書証番号略>等をその証拠として提出するが、<書証番号略>とも照らすと、これをその記載のとおりに受け取ることはできず、少なくとも現状は右に認定したとおりであり、本件執行停止決定の判断に当たり、特に問題としなければならないような事態は起こっていないというべきである。また、②については、もし申立人らが主張する損害が生じたとしても、それは財産的損害であり、ほかに特段の事情も認められない限り、これは回復困難な損害に当たるとは認められない。申立人らは、本件においては、エムケイに客を取られてしまい、後日回復することのできない損害を被るとか、申立人らが被った損害を立証することは事実上不可能である等と主張するが、本件認可決定の有効期間はわずか四か月にすぎないものであるし、申立人ら当事者自らも主張するように、エムケイの所有運行するタクシーの台数は京都市周辺のタクシー台数の5.2パーセント程度にすぎないこと等をも考慮すると、いずれにしても右申立人らのような見解を採ることはできない。
申立人らの本件執行停止の申立ては理由がない。
2 ところで、本件認可決定は、エムケイの申請に基づき、エムケイの運賃を平成五年一二月一日から平成六年三月三一日まで四か月の間に限り、現行運賃から一〇パーセントの値下げを認めるというものであるが、もし申立人らの申立てに係る右認可決定につき執行停止の決定がなされるとすれば、少なくとも本件執行停止決定の効力が存続するまでの間、右認可決定で値下げが認められている期間は停止せずに進行するのであるから、事実上、本件執行停止決定により、右期間については本件認可決定は取り消されたのと同様の効果を持つことになる。本来、行政事件訴訟法上の執行停止は、抗告訴訟の提起がなされた場合に、当該訴訟の勝訴判決の効力実現の可能性を確保するために認められるものであり、あくまで暫定的な救済措置であるが、本件のような場合には、執行停止によって事実上申立人らに対し終局的満足を与えたに等しい結果を招来するような効果を生じるのであるから、このような執行停止が許されるためには、単に行政事件訴訟法二五条二項の「処分若しくは処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」等の要件のみでなく、少なくとも本案について理由があると認められる可能性が相当程度に認められることが必要であるといわなければならない。
そこで、以下、当事者の主張に基づき、この点について判断する。
(一) タクシー運賃の認可制度は、「道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もって公共の福祉を増進すること」(道路運送法(以下「法」という。)一条参照)を実現するために設けられているものであり、法九条二項各号にその基準が定められている。そして、右規定を見れば、法は、認可権限を与えている地方運輸局長(法八八条一項一号参照)に対し「認可をしようとするときは、次の基準によって、これをしなければならない。」として、厳しい制約を課しているものの、同項各号においては、「『能率的な』経営の下における『適正な』原価を償い、かつ『適正』な利潤を含むものであること」、「特定の旅客に対し『不当』な差別的取扱いをするものでないこと」、「他の一般旅客自動車運送事業者との間に『不当』な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」等、右基準を定めた規定の文言は一見して明らかなとおり、右要件適合の有無を判断するに当たっては、右認可権者による裁量判断がなされることを当然の前提としているのであって、右運賃認可申請の許否の判断には、認可権者である地方運輸局長の裁量権が行使されることを認めているものと解される。したがって、右裁量権の行使につき、その範囲の逸脱・濫用が認められるときには、右認可処分は違法なものとなるのであるが、裁判所における右裁量権行使の違法性の有無についての判断は、右認可権者である地方運輸局長の右判断の基礎となった事実認定に誤りがあるとか、右判断が法の趣旨・目的に反した動機によりなされているとか、また右事実認定を基礎とした評価・判断の過程において、重要視すべきでないものを重要視したり、逆に特に重視しなければならないものを殊更に軽視したりするなど明らかに不合理な点があり、その結果、右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠いているとされる場合に初めて右裁量権の逸脱・濫用が認められるというべきである。
(1) 道路運送法九条二項一号(適正原価・適正利潤)違反について
<書証番号略>によれば、被申立人は、法九条二項一号の認可基準について、エムケイの申請内容を検討し、かつ前記の大阪地区における二重運賃制の実績、すなわち、大阪地区においてタクシー運賃値上げを留保したタクシーについては、実車率が5.7パーセントの伸びを示したことを前提とし、右大阪の例に比べると、京都市地域においてエムケイに所属するタクシーの占める割合の方が比率が高く、また、運賃据置きよりもエムケイが行った運賃値下げの方が利用者に対する効果・影響が大きいと見て、右大阪における運賃値上げをしなかったタクシーの場合よりもエムケイの本件運賃値下げの方が実車率の伸びが大きくなる(ただし、需要増は一〇パーセントが限界とした。)と判断し、これに平成四年度におけるエムケイの経営内容を考慮し、運賃を一〇パーセント値下げした場合の収支率を101.5パーセントと見込み、右申請どおりの値下げを認可しても、適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであると判断したことが認められるのであり、右判断に明らかに不合理な点はないといわざるを得ない。ちなみに、被申立人は、エムケイと同時に運賃値下げ申請をした二社については、右要件の適合性がないとして申請を却下しているのである。
これについて、申立人らは、平成五年一二月一日から一〇日間におけるエムケイのタクシー利用客の増加率も3.1パーセントにすぎず、総運賃収入も前年同期に比べ2.1パーセント減少していると主張し、<書証番号略>をその証拠として提出するが、<書証番号略>によれば、そもそも被申立人は、エムケイの本件運賃値下認可申請についての適否判断に当たっては、前年度に比べて運送収入が2.89パーセント減るものとし、その上で前記認可要件に適合するとして右申請を認可したものであることが認められるのであり、また、利用客の伸び率が低いことについても、被申立人が判断の対象としたのは実車率であって、利用客の人数ではないばかりでなく、タクシー利用客が思うように増えないことについては経済不況の影響もあろうし、また、わずか一〇日間ぐらいの実績のみをもって、被申立人の判断が決定的に間違っていたとすることはできない。その他、申立人らは、本件の値下げ認可が四か月間に限定された実験的なものであるから、適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであるとはいえないとも主張する。しかし、右認可基準に適合しているか否かの判断には、将来に実現することを予測するという側面があり、それ自体、実験的な要素を完全に払拭できるものではないし(これこそが、認可処分につき行政庁に裁量判断権を与えている根拠ともいえるのである。)、また、競争原理によるタクシー業界の改善進歩のため、実験的に一〇パーセント程度の運賃値下げを試みることもそれほど不合理であるということもできないから、実験的であるということにより、被申立人の前記認可基準適合の判断がその裁量権の範囲を逸脱しているとか、裁量権の濫用に当たるとか認めることはできない。
(2) 九条一項四号(不当な競争の防止)違反について
前記のとおり、被申立人は、エムケイの本件値下げ運賃が適正な収支の均衡を満たすものであると判断した結果、本件申請を認可したのであるが、右判断に不合理な点がない以上、これを不当なダンピングとすることはできず、また、これにより「不当」な競争を引き起こすおそれの発生をうかがわせるような事情も認められないのであって、被申立人の判断に合理性を欠く点は認められない。
申立人らは、エムケイの抜駆け的な一〇パーセント値下げはダンピングであるとか、この程度の値下げでは新規の顧客は増えず、原告らの固定客がエムケイに奪われるばかりであるとか、エムケイは強引な客引き等をして混乱を生じさせ、申立人らに不当な損害を与えているとか、認可の期間を四か月に限定したのは、かえってエムケイを利するもので、原告に不当な損害を与えるものである等と主張する。しかし、エムケイが適正な利潤を得ることを放棄してまで右値下げを行おうとしているものでないことは前記認定したとおりであり、また、仮にエムケイの宣伝行為等に不当な点があるとしても、それは本件認可決定の適法性の有無とは直接関係のない事柄であり、さらに、既に大阪区域においては、この程度の格差のある認可運賃によりタクシー事業の経営がなされているのであり、むしろ運賃認可制度の下においても、タクシー業者間に一〇パーセント程度の運賃格差のあることは、「公正な競争」を確保し、公共の福祉の増進につながるものというべきである。
なお、申立人らは、運賃認可制度がある以上、エムケイに対抗して運賃値下げを実施しようとしても、直ちにこれをすることができないとし、これを本件認可決定が不当違法なものであることの根拠の一つとして主張するが、エムケイは平成五年七月から運賃の値下げ認可申請をし、被申立人においても、右時点以降その旨の公示をしてきているのであるから、本件認可決定までに申立人らがエムケイに対抗する手段を採ることは十分に可能であったばかりでなく、申立人らの右主張は、結局、運賃値下げ申請自体、すなわちタクシー運賃に格差の存在すること自体を認めないことを意味するにすぎず、右主張を採ることはできない。
(二) 法一条違反について
以上述べたとおり、本件認可決定は、法一条が掲げる「事業の適正な運営」「公正な競争の確保」「道路運送に関する秩序の確立」のいずれにも反していないことは明らかというべきである。
なお、申立人らは、被申立人が平成五年一〇月一八日に京都市域を規制緩和地域とはしないとの示達を出しているにもかかわらず、本件認可決定をしたのは申立人らに対する騙し討ちであると主張する。確かに、<書証番号略>によれば、右趣旨の示達が出された事実は認められるが、そもそも右示達は部内の方針を通知した事実上の措置にすぎず、少なくとも法律でもない行政庁の単なる通知により、申立人らが自らの営業地域において同一地域同一運賃の原則の適用を外されないとの利益を保障されたと認めることはできないし、被申立人のした本件値下認可の判断が法に違反している点がない以上、右通知に反する扱いをしたというだけで右認可処分を違法とすることはできない。
さらに、申立人らは、大阪地区のようなタクシー近代化センターのない京都地区で本件認可決定をしたのは著しく不合理であるとも主張するが、前記のとおり、タクシー近代化センターがないために京都地区において混乱が生じているとの事情もないから、この点に関する申立人らの主張も失当である。
3 よって、申立人らの本件申立ては、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから却下する。
(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官森義之 裁判官氏本厚司)
別紙行政処分執行停止の申立<省略>